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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)8276号 判決

原告 日動火災海上保険株式会社

被告 国

訴訟代理人 増山宏 外一名

主文

一  被告は、原告に対し、金五九二、〇〇〇円およびこれに対する昭和四七年一〇月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は第一項について仮に執行することができる。ただし、被告が金五九二、〇〇〇円の担保を提供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一、二項と同旨

2  主文第一項について仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四五年四月二〇日、訴外佐藤義一との間に、訴外日産プリンス山形販売株式会社(以下日産プリンスという)所有の普通乗用自動車(ニツサンスカイライン四五年式山形五の二二八四、以下本件自動車という。)について、被保険者を日産プリンス、期間一年間、保険金額金七五〇、〇〇〇円とする車両保険契約を締結した。

2  右訴外佐藤は、同年六月二四日に山形県東置賜郡川西上小松において発生した業務上過失致死、道路交通法違反(轢き逃げ)被疑事件の容疑者として取調べを受けることになり、翌二五日、本件自動車を、山形県米沢警察署に任意提出した。そして、本件自動車は、同日以降同年八月末日までは右警察署に、同年九月一日以降は山形地方検察庁米沢支部において領置されることになつたが、山形地方検察庁米沢支部は、本件自動車の保管を山形県米沢市東三丁目の訴外有限会社斎電工業所(以下単に訴外会社という。)に委託した。

3  ところが、同年一一月二四日午後〇時半ころ、本件自動車が保管されていた訴外会社の工場から出火し(以下本件火災という)、本件自動車は修理不能の状態にまで焼損したため、その所有者である日産プリンスは、当時の時価相当の金五九四、〇〇〇円の損害を被つた。

4  日産プリンスが被つた右損害については、左のいずれかの理由((1) ないし(3) は国家賠償法一条一項、(4) は債務不履行)により、被告に賠償責任がある。

(1)  本件自動車は、前記のとおり、昭和四五年六月二五日以降本件火災があつた同年一一月二四日まで領置されていたものであるが、このような長期間にわたり本件自動車の領置を継続する必要はなかつたものである。しかるに、前記交通事故の捜査にあたつた山形地方検察庁米沢支部検察官副検事山内修は、適当な時期に本件自動車を提出者に返還すべき義務に違反し、右のとおり領置を継続した結果、本件自動車は本件火災にあつたものである。

(2)  本件自動車の保管を委託された訴外会社は、本件自動車を、木造で、暖房器具として電熱器を使用しているような防火上欠陥のある工場に置き、しかも、育児のかたわら事務をとつている江口しん一人に管理させていたもので、その保管体制に欠陥があつたものであるが、かかる訴外会社に本件自動車の保管を委託した点で、前記検察官には過失がある。

(3)  前記検察官は本件自動車の保管を訴外会社に委託し、訴外会社は同社の従業員である江口しんにこれを管理させていたところ、本件火災は、江口しんが右管理業務に従事中、電熱器の不始末による過失により発生したものであるから、江口しんの過失は、国家賠償法一条一項の公務員の過失と同視されるものである。

(4)  訴外佐藤義一は、本件自動車を任意提出することにより、被告との間で本件自動車について寄託契約を結んだものであるから、その担当者である検察官は、本件自動車の保管については、善良な管理者としての注意義務がある。しかして、江口しんは、右検察官の履行補助者であるところ、右義務を怠り、本件自動車を焼損させ、その返還を不能ならしめたものであるから、右債務不履行については、被告に責任がある。

5  原告は、昭和四六年一月一八日、1項の保険契約に基き、被保険者たる日産プリンスに対し、同社が本件火災よりうけた損害五九四、〇〇〇円を支払つたから同社が4項により被告に対して有する損害賠償請求権を保険代位により取得した。

6  よつて、原告は、被告に対し、右請求権のうち、五九二、〇〇〇円とこれに対する訴状到達の翌日である昭和四七年一〇月一八日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2  請求原因2項の事実は、任意提出の日を除いてすべて認める。任意提出したのは、六月二四日である。

3  同3項の事実は認める。

4  (1)  同4項の冒頭の主張は争う。

(2)  同項(1) の事実のうち原告主張の領置があつたこと(ただしその開始は六月二四日である。)は認めるが、その領置の継続が必要以上に長期にわたつたとの主張は否認する。本件自動車の領置の継続がなされたのは、以下の事情による。すなわち、本件自動車は、佐藤義一等四名が昭和四五年六月二四日午前〇時すぎにそれぞれ一台ずつの普通乗用自動車を運転中、山形県東置賜郡川西町大字上小松二六一〇番地先道路において、高橋正司を轢き逃げしたものとして刑事訴追された件の証拠品として任意提出され、領置されたものであるが、右轢き逃げについては、佐藤義一運転の本件自動車を含め三台の車両に被害者のものとみられる血痕、毛髪等が付着しており、右三台の車両の運転者のうち誰の轢断が高橋の死をもたらしたかについて鑑定をまつ必要があり、また、鑑定後の捜査の必要もあつて、領置が継続されたものである。(なお、佐藤義一は、右事件について、昭和四八年三月二日、山形地裁米沢支部において、懲役六月、執行猶予二年の判決をうけた。)

(3)  同項(2) の事実は否認する。本件自動車は、昭和四五年九月一日に訴外会社に保管委託されたものであるが、右会社は、九月一日から一一月一日までは米沢市中田町三番地所在の同社中田工場に、一一月一日から焼失に至る同月二四日までは米沢市東三丁目一〇番二六号所在の同社車庫内に本件自動車を保管した。右各保管場所については、山形地方検察庁米沢支部検察事務官斎藤重雄が自ら赴いて、保管の状況を見分し、異常ないことを確認している。したがつて、この点についても山形地検米沢支部の措置について過失はない。

(4)  同項(3) の事実のうち、江口しんの過失により本件自動車が焼損したとの事実は認める。江口しんの過失が公務員の過失と同視されるとの原告の主張は争う。

(5)  同項(4) の主張は争う。検察官が佐藤義一から本件自動車を領置したのは刑訴法二二一条に基づいてしたものであつて、国と佐藤との間の私法上の契約に基づくものではないから、被告に債務不履行責任はない。

5  同5項の事実のうち、原告が日産プリンスにその主張の金員を支払つたとの事実は知らない。その余の原告の主張は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1ないし3項の事実は、本件自動車の任意提出の日を除き当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない乙第五号証の一、二によれば、右任意提出の日は、昭和四五年六月二四日であることを認めることができる。しかして、成立に争いのない甲第八号証によると、原告が日産プリンスに対し、右保険契約に基き、同社が本件火災により被つた損害五九二、〇〇〇円を支払つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  そこで、被告の責任の有無について判断する。

(一)  本件自動車焼損の原因となつた本件火災が江口しんの過失によつて発生したものであることは当事者間に争いがないが、いずれも成立に争いのない甲第四ないし七号証、証人山内修、同山崎昭男の各証言によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、訴外会社は、後記修理工場と車庫のほか、米沢市内に営業所二ケ所を有し、自動車の整備、塗装、板金、電気関係の修理等を行つている会社であるが、同年九月一日、山形地検米沢支部検察官副検事山内修から、前記被疑事件の証拠品として領置された本件自動車ほか一台の自動車を、保管料を一ケ月一台当り一、五〇〇円として、保管の委託を受け、同日以降同年一〇月末までは米沢市中田町三番地所在の同社中田工場において保管し、同年一一月一日からは、前記検察官の許可を得て、その保管場所を同市東三丁目一〇番二六号所在の同社車庫に変更したこと、右車庫は、同年一〇月末までは同社の修理工場として使用されていたが、その前面道路に駐車禁止の規制がしかれたため、一一月以降はもつぱら車庫として使用されるようになつたもので、木造トタン葺平家建であるが、前面道路に面する開口部を板戸で閉鎖して自由な出入を禁止しており、右車庫部分の東側には、トタン板張の仕切りを隔て、六畳、四畳半、台所、玄関からなる居住用部分がもうけられていて、本件事故当時、右車庫には本件自動車を含め五台の車両が格納されていたこと、訴外会社はかねて同建物を管理させるため、その従業員である江口秋夫、しん夫婦を右住居部分に居住させていたが、右江口秋夫は、右住居から前記の中田工場に通勤するので、日中は、右しんが一人で、訴外会社の帳簿整理等の事務をとるかたわら、車庫(その格納物を含む)の管理をしていたのであり、本件自動車が右車庫に移された後の同自動車の保管は、直接には、右のように主として江口しんがこれに当つていたこと、また前記のとおり同年一一月一日に本件自動車ほか一台を右車庫に移すにあたり、前記検察官は右車庫のある建物の中に訴外会社の従業員が居住して管理していることを考慮してその変更を許可したこと、本件火災は、同年一一月二四日午後〇時半ころ、江口しんが、前記の管理、保管に当る者としての注意を怠り、右住居において、長男賢一(当時一才)が就寝中の六畳間に、暖房用として電熱器をつけ放しにし、その傍にマツトレスを立てかけたままで、台所を間にはさんだ四畳半の居間において帳簿整理の仕事をしている間に、右賢一がマツトレスを電熱器の上に倒したため、マツトレスに引火して惹起されたものであること、以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(二)  ところで、刑訴法二二一条に基いて検察官がなす任意提出物件の領置は、それが刑事司法作用の一環として行なわれるものであり、また一たん領置した以上は、犯罪捜査のため必要と認められる限りは、検察官が強制的に占有を保有しうるものであるから、国家賠償法一条一項にいう公権力の行使にあたることは明らかである。そして、検察官が刑訴法二二二条一項、一二一条一項によつて、その保管を私人である第三者に委託するいわゆる庁外保管の場合でも検察官の領置は継続するのであつて、その委託を受けた私人のする保管は、それが検察官の領置行為を具体的に形成するものである意味において、公権力の行使たる性質を有し、その限りにおいて右私人は、検察官の補助者として、国家賠償法一条にいう公務員に該当するものというべきである。

(三)  しかして、本件の場合、前記認定によれば、領置物件の本件自動車の保管を検察官から委託された訴外会社は、具体的、直接的には主としてその従業員たる江口しんによりこれが保管を行ない、江口しんが右保管の職務に当つていたのであり、かかる管理の実態は、保管を委託した検察官の予測内のものであつたと認められるから、前記(二)に説示したところを推せば、江口しんは、訴外会社の補助者、ひいて検察官の補助者として国家賠償法一条にいう公権力の行使に当る公務員とみることができる。

そうすると、本件火災が右しんの前記職務上の過失により惹起されたことは前述のとおりであるから、日産プリンスは、本件自動車の所有者として被告に対し国家賠償法一条一項により、本件自動車の焼損により被つた前記損害の賠償請求権を取得したということができ、したがつて、前記保険契約に基づき右損害金を支払つた原告は、右日産プリンスの損害賠償請求権を保険代位により取得したということができる。

三  よつて、被告に対し、右損害金五九二、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかである昭和四七年一〇月一八日から支払ずみまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行ならびにその免脱宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中永司 落合威 菅原雄二)

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